お坊さんの独り言

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再掲載・檀家を辞める理由

『よくぞ書いてくれた!』
『私も全く同感です!』
多くの方々から
反響と共感を頂いたので
再び掲載させて頂きます。

お彼岸でお寺や住職さんと
接する時期でもあるので、
お寺と檀家の関係について
よ~く考えてみて下さい。
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菩提寺の檀家を辞めて

私の妙法庵へ転入される方が

おられます。

檀家を辞める理由は様々ですが

一言でいえば、お寺にお金を納めるだけ、

悩み事を聞いてくれるわけでもなし、

法話やお説教をしてくれるわけでもない。

そこには、何の信頼関係も無い!

ということです。

信頼関係も尊敬も持てない

お寺の住職に自分の親や自分自身が

亡くなった時、お経を上げて頂いて

有難いと思えるでしょうか?

そのように感じていながら

先祖代々の檀家だから、仕方なく?

お布施という名目で、お金を納めて

立派な仏殿や仏像が出来上がる。

それで人の苦悩が救われるというなら、

思考回路が狂っているとしか

いいようがないでしょう。

断っておきますが、

私は菩提寺がある檀家さんを

無理に引き抜こうとしたり、

妙法庵を盛り上げるために

檀家さんを増やすような真似事は

行いません。

そもそも、妙法庵では檀家制度は無し、

年会費もありません。

信仰はあくまでも

自由意志です。

本家の宗旨に縛られて

分家まで嫌々同じ宗旨でなければならぬ

理由はありません。

菩提寺の了解を得て離檀し、

妙法庵にお世話になりたいという方のみを

受け入れております。

それしても、です。

あえて、お寺さんに

苦言を申します。

お寺が本来やるべきこと、

人に寄り添うことをしていれば

檀家を辞めたいなんて言葉は

出ないはずです。

同じ坊さんである私も

偉そうなことは言えないし、

自己反省しなければならない

部分もあります。

けれど、世の中のお坊さん、

特に住職という立場におられる方々は

どこか偉そうな身振り・話しぶりが

あるんです。

無意識に檀家さんを見下している

そぶりが見えるのです。

私自身、坊さん連中と話していると

高慢さを感じることが多々あります。

住職は高い見識に居るのだ、

という潜在意識が、鼻について出てしまうのです。

それが檀家さんや一般民衆には

肌感覚で分かるのです。恐ろしいことです。

私ごときが苦言を御免なさいね。

でも、これが一般民衆の正直な声なんです。

このブログで何度も書いていますが

私含め、坊さんや住職、お寺という存在は

お布施で生かされているのです。

お布施は「させていただく」精神ですが、

「このお坊様にお布施させていただきたい」と

お布施を受けている僧侶が

この日本に何人いる事でしょう。

俺様はその一人だ!と胸を張る

愚かな僧侶が存在するのも悲しい事実ですが。

実際はお布施を「もらって」生きている

宗教者が大部分でしょう。

だとしたら、人様が汗水たらして

働いたお金をもらって生きている存在、

ある面では卑しい存在でもあるのだから

位が高いとか、古刹だからとか

檀家が多いからとか、修行を積んだから
俺は偉いんだとか、
見識高く居ること自体が可笑しいでしょう。

何度も言います、

心を病む方はますます増え、

宗教や寺院といった存在へ救いを

求める方々も少なからず居ります。

本来やるべき仕事、難しいことは

何もありません。

お茶の一杯でも出して、お話を聞くだけでもいい、

電話でお話を聞くだけでもいい、

荘厳な本堂があるのなら、そこに

座っていただくだけでもいい。

寺院や僧侶は温かい視線で皆様を迎え、

民衆は時に厳しい視線で寺院や僧侶を

見つめなおして頂きたい。
切に、そう願います。